2010年04月30日

冬の本 2

絶対に冬に読みたくなるというわけではありません。
春でも秋でもいいのです。
でも、少し長い時間があるときに限ります。

それがムーミンです。

アニメの「ムーミン」と「楽しいムーミン一家」は、それぞれの味があります。
どちらも好きです。
(内容は全然違いますし、キャラクターの性格もだいぶ違うんですよ。まったく別個の作品です)
どちらのムーミンも、原作とは違います。

「楽しいムーミン一家」は原作に忠実に作られていますが、作者の漫画も原作に使っているので、本の世界とは毛色の違う話もまじっています。
それに、トーベ・ヤンソンの魔法の手が触れていないので、どこかしら底抜けに明るいところがあって、本の世界とは空気が違います。――と、わたしは思うのです。

ムーミンは文庫になると薄い本で、すぐ読めます。
でも、気持ちを読むところまで持っていくのと、読み終わった後を楽しむのに、時間が必要なのです。

だから、春に読みたくなっても、読みません。
春は、仕事でいろいろとせわしないからです。
最近は秋も読みません。
今の仕事が、秋に増えることが多いものだからです。

明日はもう職場で人と会う、そんなときに、読もうとはしない本です。
わたしにとっては――。

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2010年04月29日

冬に読む本

夏になるとSFを読みたくなりますが、冬には何かと考えると、物語です。
冬の暖かい室内や、夜の寒く長いことことを思うと、物語性のあるものが読みたくなります。

たとえば、ディケンズ、ジェイン・オースティン、モンゴメリ。

ディケンズは読みたくなるだけで、なかなか実際には読みません。長いからかな。
オースティンは好きです。何度も読みたくなります。

アガサ・クリスティも好きです。どことなく同じ匂いを感じます。
ときどきアガサ・クリスティも全部読み返してみたくなります。
秋になると。

オースティンの作品はどれも好きです。
どれも好きで、どれも何回読んでもいい――実際には、何回も読む作品は決まっていて、
「高慢と偏見」
「説得」(説き伏せられて)
の2冊です。

おととしの冬は、スコットを読みました。
やはり物語性に魅かれて――冬だったので。

「ミドロジアンの心臓」「アイヴァンホー」「ケニルワース城」

どれも全部面白く読みましたが、また今年の冬読むとしたら、やっぱりオースティンかクリスティかな、と思います。

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2010年04月28日

「とても私的な犯罪」

高校生のとき。
友達がとても好きだという本のことを話していました。

何かの本の巻末、他の本の宣伝のページがありました。
その宣伝を指して、この本がとても好きということを言っていたのです。

「この本読んでみようかな」
何気なく言ったら、友達は烈しく言いました。
「だめ!」
あまり好きで、誰にも読まれたくない気持ちなのだというのです。

わたしはとっさに、横のページを指さして、
「わたしが読もうと思ったのはこの本だよ」
と言いました。

『とても私的な犯罪』エリザベス・アイアンサイド著

それきりで終わってもよかったのに、わたしは融通のきかない性格で、言ったからには読まなくてはと思いました。
読んでみると、インドを舞台にした犯罪捜査の物語でした。

今、こうしてふと思い返してみると、友達が好きだと言ったほうのタイトルは思い出せません。
誰の何という本だったのだろう、と首をかしげています。

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2010年04月27日

『図書室』

なぜ、こんなに学校の図書室に対して思い入れがあるのでしょう。
そう考えたとき、小さい頃図書館に行ったことがない、ということに思い至りました。

田舎でしたので、子供の足で行けるところに図書館などありませんでした。

本がたくさん並んでいる、という夢のような空間に初めて出会ったのが、学校図書室だったのだと思います。
初めてでもありましたし、その後も、図書館というものに行ったことはほとんどありません。
どこにあるものかも、知りませんでした。

子供の頃から本が好きでしたが、溢れるほどの本を買い与えられていた記憶はありません。
あまり物をねだるということをしませんでしたので、読む本がない時期が多くありました。

何か読みたいけれど、持っている本は全部読んでしまったというようなとき、気軽に読める本は、母が買った子供の育て方系の本でした。
ページ数もそれほど多くないし、難しい漢字も使われていないからです。
小学校の頃は、よく母親向けの本を読んでいました。

だから、図書室というのは、特別なものだったのだと思います。

今は、住んでいる地域のあちこちに分館がある地区なので、図書室が身近になりました。
そのかわり、特別な色合いはなくなったように思います。

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2010年04月26日

わたしは詩が好きです。

中学生くらいの頃から、よく図書室で有名な詩を集めた本などを借りていました。
もっと大人になると、作者ごとの詩集を読むようになりました。

中学生の頃から、大好きな詩は大学ノートに書き写していました。
3冊くらいになっていました。
今はもう、どこへ行ってしまったか、分かりません。

同じ訳ではないにせよ、これは好きだった詩だ、と後から分かることがあります。
でもどうしても出会えない詩があります。

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愛なきものも、明日は愛せよ。愛あるものは、明日も愛せよ。明日はウェヌスの祭り・・・・・・
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3連か4連くらいの詩だったと思います。
覚えているのは、このフレーズだけです。

ウェヌスと言っているので、ローマの詩人だったのかもしれません。

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2010年04月25日

時代は変わっていく

昨日の記事で、時代は変わっていくのだなあ、と思いました。

「シャクンタラー」といえば、カーリダーサのことだったけれど、今はピエトラガラのことも思い出します。
「ウルヴァシー」といえば、わたしにとってはカーリダーサだけれど、人によっては「銀河英雄伝説」なのだと知りました。

そういうことは、他にもあります。

わたしにとって「コナン」とは「未来少年コナン」です。
でも、若い人や小さい子にとっては、「名探偵コナン」かもしれません。

アマゾンと言えば、わたしには熱帯雨林のことで、そこを流れる河のことでした。
古くからの仮面ライダーファンにとっては、仮面ライダーアマゾンのことかもしれません。
(仮面ライダーアマゾンは、ピラニアが元になっているライダーだそうです。)
でも、今、「アマゾン」と検索すれば、最初に出てくるのは通販サイトAmazonです。

物事の意味は、時代と共に書き換えられていくことがあります。
そんな大げさなことではないのかもしれないけれど――

たくさんの「ウルヴァシー事件」への言及を見て、ふと思いました。
もともとのウルヴァシーを知っている人は、どのくらいいるのだろう?と。

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2010年04月24日

「シャクンタラー」と「ウルヴァシー」

インドの詩聖カーリダーサの2つの作品、「シャクンタラー」「ウルヴァシー」

バレエが好きなので、バレエの放送があるときは、なるべく見ます。
そのためにCS放送に加入しています。

パリ・オペラ座バレエでエトワールを務めたマリ=クレール・ピエトラガラ。
1998年からは、マルセイユ・バレエの芸術監督を務めました。
彼女が振りつけた作品「シャクンタラー」の放送があったので、見たことがあります。

わたしの頭脳は抽象的なものを理解するのに向いていないので、努力しても分からなかったところはたくさんあります。
カーリダーサの「シャクンタラー」と関係があるのかどうか、それも見ただけでは分かりませんでした。

それから、カーリダーサのことを思い出していて、「ウルヴァシー」の日本語題はどうだったろう?と検索してみました。
そうしたら、たくさん出てきました。「ウルヴァシー事件」というのが。

それは何だろう??と思いましたが、「銀河英雄伝説」という小説かアニメのエピソードのようです。

「ウルヴァシー カーリダーサ」と検索して、ウルヴァシーの題は「武勲に契られし天女ウルヴァシー」と分かりました。

時代は変わっていくのだなあ、と思いました。

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2010年04月23日

インド古典文学

世界文学大系には、ずっと古いものも載っていました。

インドの作品を集めた巻では、ずっと古い文学が紹介されていました。
それは文学なのか、哲学なのか、宗教書なのか――

わたしは「ブラフマン」についていろいろ学び、「自分より上の友人を選びなさい」というような教訓を読みました。
「上」というのは、地位や年ではなく、その人のなかの「ブラフマン」が上という意味でした。

インドにはカーリダーサという詩聖がいるというので、いつか読んでみたいと思いました。

「公女マーラヴィカーとアグニミトラ王」
「武勲に契られし天女ウルヴァシー」
「シャクンタラー」
を読みました。文庫でです。

インドの劇は、様々なルールがあるようで、解説を読むのも興味深いことでした。

でもきっと、サンスクリット語で読まないと、本当の美しさは分からないのでしょう。

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2010年04月22日

アイシャーの姦通

ある本によると、アイシャーの姦通事件は、実際はかなり疑い濃厚なことだったようです。
しかし、ムハンマドがそれを斥け、後世では、まことしやかなエピソードが考え出されたとのことでした。

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アーイシャはムハンマドが出陣する際には常に付き従っていたが、ムスタリク族との戦いから帰る途中、アーイシャはムハンマドから贈られた首飾りを失くしてしまい、それを探すために一人砂漠の中で逸れてしまっていた。そこに丁度通りかかったイスラム軍の青年兵士がアーイシャをラクダに乗せてマディーナまで送り届けたが、これが事件に発展する。

マディーナの人々はアーイシャの不義を疑い、ムハンマドに詰め寄った。当時のアラブの慣習では砂漠で男と一夜を過ごした妻は離縁。不義密通を犯した妻は石を投げつけられて殺されるのが普通であったからである。アーイシャはムハンマドの側近アブー=バクルの娘でもあったことから、これは大きな政治問題にまで発展したが、最終的にムハンマドがアーイシャの密通疑惑を否定し、疑ってはならないという天啓を受けたと主張したことで解決した。
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上は、ウィキペディアの引用です。

ところで、ウィキペディアでは、次のように結ばれています。
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この事件以来、ムハンマドも女性の貞節には敏感になった。女性にベールを着用するように義務付ける天啓は、クルアーン学者によればこのすぐ後の時期のものであるとされている。
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2010年04月21日

ムハンマドの妻たち

当時の教科書では「マホメット」でしたが、今では「ムハンマド」になっています。
当時でも、「千夜一夜物語」などでは、ムハンマドと表記してありました。

ムハンマドは商業都市の一族に生まれ、商人をしていました。
やがて、15歳年上の裕福な未亡人に見初められ、結婚します。
賢妻として今に伝えられるハディジャー(バートン版風に表記します)です。
ハディジャーと生活している間、ムハンマドは他の妻を娶っていないようです。

やがてムハンマドは啓示を受け、預言者としての自覚に目覚めます。
(予言者=先のことを言い当てる人、ではなく、預言者=神の言葉を預って伝える人です)
ハディジャーが最初の信徒になった――と伝えられています。

その後、敵対する勢力と戦ったりしながら、神の教義を広めていき、ムスリム(イスラム教徒)を増やしていきます。
戦争があると、寡婦や孤児が増えるので、その救済として、複数の妻を娶ることが奨励されていました。
――それを自ら実践して、何人もの妻を娶ったと言われています。

その中でもアイシャーは最年少で、ムハンマドの愛妻でした。

姦通は殺されるほどの罪でしたが、アイシャーはこれを犯している――らしく、発覚してしまいました。
ですが、ムハンマドはアイシャーを殺すのがしのびなく、天啓を受けたことにして、疑いを斥けました。

それほどアイシャーを愛していたということですが、ムハンマドは亡くなったハディジャーを最高の女性と明言しています。
他の妻に対してもそれを言い続け、後継者はハディジャーの娘ファティマーと結婚しているアリーとしました。

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2010年04月20日

アラビア・ペルシア集

「千一夜物語」を読んで以来、わたしの憧れはアラビアに移りました。
その後もドレスや騎士の宮廷への憧れは残りましたが、砂漠の月に対する憧れが強まりました。

アラビア・ペルシア集、と言われたら、期待は大きくなります。

読んでみると、ちょっと思っていたのと違いました。
もっと小説のような、「千一夜物語」のようなものが載っているかと思ったのです。

タイトルは美しくても、「薔薇園」は王様が息子に心得を残すという設定で、お説教ばかりでした。
アラビア集には、長い話は選べないので短いものが載っていました。
短ければ「千一夜」みたいになるわけはないのです。

その中で、「マホメット伝」は、少し面白く読みました。
何度も何度も物語に出てくる名前ですが、実際どういう人か分かりませんでした。
たとえば、「オーマイゴッド」と何度聞いたって、「ゴッド」がどんなもので何をしたのか、分かりません。
マホメットの名前もそのように、出ては来るけど、分からない人だったのです。

ただ、このお話では、最初の妻ハディージャと結婚して、神の啓示を受けて預言者になり、妻がそのバックアップをしてくれたことまでしか、ありませんでした。
愛妻アーイシャとはどういういきさつで結婚したのか、などは分かりませんでした。

謎は残ったままになりました。

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2010年04月19日

ポルトガリヤの皇帝さん

とても感動したけれど、悲しいから何度も読めない本です。

ラーゲルレーヴが書きました。
ラーゲルレーブは「ニルスのふしぎな旅」の作者です。
女性ではじめてノーベル文学賞を受賞した、スウェーデンの作家です。

でもわたしにとっては、何より一番に「ポルトガリヤの皇帝さん」の作者です。

実家の廊下で座り込んで読み始め、少しずつ引き込まれていきました。
終盤には、泣けて泣けて、涙が止まりませんでした。

どうしてあんなに感動してしまったのでしょう。
今読んでも、同じように感動できるのか、分かりません。
試してみるのも怖いのです。

「エルサレム」「キリスト伝説集」「ニルスのふしぎな旅」など、他の本を読みました。

でも「ポルトガリヤの皇帝さん」の再読は、なかなかできずにいます。

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2010年04月18日

シラー

シラーは感動しました。
大好きです。

戯曲を読むことにも慣れてきていたので、場の雰囲気に浸りながら楽しめました。

「楽しい」といっても、悲劇なので笑ったりするわけではありません。
退屈しなかったという意味です。

シラーの戯曲はどれも好きですが、優れた悲劇なので頻繁に読み返すことはありません。
悲しくなるのは辛いから。
作品が優れていれば、心が痛むのも本当の悲しみに近くなります。

シラーは詩も好きです。
「喜びをうたう」や「手袋」が特に好きです。

あるとき、ベートーヴェンの交響曲第9番の演奏をテレビで見ていました。
4楽章の合唱のところの歌詞が「喜びをうたう」にそっくりです。
でも、訳した人が違うので、わたしの知っている詩句とは少し違っています。

後から、あれはシラーの「喜びをうたう」だと知ってとても嬉しくなりました。
当り前の知識だとしても、自分で発見したことが嬉しかったのです。

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2010年04月17日

チョーサーとラブレー

チョーサー「カンタベリ物語」も、このシリーズで読みました。
タイトルの「カンタベリ」という言葉の響きに惹かれました。

可愛らしげに思ったのです。
読んでみると、可愛い話ではなくて、性的な笑い話がたくさんあったり、面白人間模様だったりしました。

チョーサーとラブレーは一冊に収められていたので、ラブレーも読みました。
「ガルガンチュワ物語」
「パンタグリュエル物語」
の2つです。

こちらは、ほら話みたいな小説でした。
既存の権威を風刺する内容で、パリで発禁処分になるなどしていて、価値のある古典なのかもしれません。

わたしの好みとしては、「カンタベリ物語」が好きです。

どうも自分はユーモアのセンスに欠けると思うことがあります。
ほら話というのを、楽しめていない気がします。
「ほらふき男爵の冒険」なども、面白さを堪能できていなかったと思うのです。

説話集は好みなので、「カンタベリ物語」が好き、というわけです。

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2010年04月16日

中世文学集

中世の文学を集めたものもありました。

わたしはなんとなく「中世」というのが好きでした。
ドレスだの、冠だの、宮廷だのに憧れていた子供だったからです。
豪華に着飾った貴婦人と、騎士や王様や王子様が繰り広げる世界、というイメージでした。

このイメージは、ボイジンガの「中世の秋」を読んで打ち砕かれるのですが――。

中世文学集には、「ローランの歌」や「狐物語」などが収められていました。
自分では意外でしたが、中世文学はそれほど面白いと思いませんでした。
今から思えば、中世に対する認識が誤っていたのだから、当然です。

でも嫌いではないのです。
「結婚十五の歓び」などは、面白く読みました。

混沌とした時代、迷信や粗野な感性が残っている時代、分かっていればいいのですから。

わたしが勝手にイメージしていたヨーロッパの美というのは、きっと絶対王権時代だと思うのです。
でも中世もいいものです。
どちらの時代も、離れて見ているからいいので、住みたいわけではないと思いますけど――。

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2010年04月15日

シャトーブリヤン、ヴィニー

世界文学大系――そんなような名前――のシリーズを、図書館で読み始め、ヘッセやジイドの小説に感動もしました。
ヘッセやジイドは、名前を知っている有名な作家です。

シリーズには、もう少し前の時代の作家の作品もありました。
たとえば、ヴィニー、シャトーブリヤン、ユゴーが1冊になっていました。
シャトーブリヤンもヴィニーも、読んでみたら面白い小説でした。

面白い、と思っても、たとえば本屋さんなどで見かけるものではありません。
その後、もっと他の作品を読んでみよう、ということにならない作家もいました。

――さて、「出会った」という記憶はあるのですが、具体的に誰?というと、とっさに思いつきません。
記憶がさびついていて、5年前なら思い出せたものも思い出せないのです。
5年前でも思い出せない記憶もあったと思います。

図書館などに行って、そのシリーズを見たりすると、
「あれは読んだ、面白かった。あれは読んでない。あれは面白くなくて我慢して読んだ」
と、記憶が甦ります。

そして懐かしい気持ちになります。

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2010年04月14日

ヘッセ

「東方への旅」に感動したので、ヘッセに興味がわきました。
実は家に「車輪の下」という定番の本があったのですが、読みたいと思ったことはありませんでした。

「東方への旅」を読んでからの数年間、思いついてはヘッセを読みました。
まずは家にある「車輪の下」からです。
読んでみると、良い作品でした。

その後、断続的にいろいろ読みました。

一番好きだったのは「デミアン」です。
次は「ナルチスとゴルトムント」。

「デミアン」はあまり長くない本でしたので、何度も読みました。

「東方への旅」にしろ「デミアン」にしろ、どことなく神秘的な教義を感じるのが好きだったのでしょう。
憧れめいた感動を覚えていただけかもしれず、真のテーマを理解していたのかどうか、はっきり言えません。

今は、これまた「寄る年波」の影響か、詩集やエッセイを読みます。
庭仕事についての文章を編集した本などが出ているのです。

この年になった自分が、若かった頃、若いがゆえに好きだった作品をもう一度読んでみたら・・・・・・どんな気持ちになるのでしょう。
試してみたいような、怖いような、気がします。

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2010年04月13日

東方への旅

古典文学大系というシリーズが、高校の図書室にありました。
これはたいていの図書館に置いてあるみたいですね。
でも色や出版社が違ったり、若干シリーズ名が違ったり、いろいろな物があるので、「古典文学大系」だったのか、似たようなちょっと違う名前だったのか、分かりません。

この中で、ヘッセの「東方への旅」を読んで、とても好きになりました。
神秘的なイメージがわたしの憧れを捉えたのだと思います。

ある場面は、フリーメイソンの儀式をモデルにしているとも言われているそうです。
不思議な教義の不思議な集団が出てきます。
全貌は明らかになりません。
ただ、東方への旅だけが描かれているのです。

「東方」と言ったら、自分自身が「東洋」に住んでいるのです。
でも、ヨーロッパ大陸から見た「東方」への憧れの気持ちを疑似体験した気がしました。
それにこの場合の「東方」は、アジアよりずっとずっと西洋に近いところ、アフリカ大陸や中東まででした。

どんなにこの作品に感動したかしれません。
でも今となっては、忘れかけています。
ただおぼろげなイメージだけが残っていて――。

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2010年04月12日

紅楼夢

高校の図書室で読みたかったシリーズは、もうひとつありました。
中国の大河小説シリーズです。

西遊記、水滸伝などを読んでみたかったのですが、まず手にしたのは「紅楼夢」でした。
冒険活劇というイメージがありませんでした。
そのときの気分は、冒険よりそういうものだったのです。

人物がたくさん出てきて、いろいろな変転があり、面白いと思いました。
でも、読み終わってみると、抄訳だと分かりました。

わたしはできれば、もとの形のままで読みたいので、かなりがっかりしました。
勝手に思い込んでいただけなのですが、まるでだまされたように感じてしまったのです。

で、それで終わってしまいました。他の作品にいくことなく。

後に、今住んでいる地区の図書館で、もっと長い翻訳を見つけました。
いつか読もうと思いました。
でも、高校生だったときのようには、心のゆとりがありませんでした。
時間は、ないないと言っていてもその気になれば作れると思うのですが、気持ちは難しいです。

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2010年04月11日

テネシー・ウィリアムズ

「やけたトタン屋根の上の猫」はテネシー・ウィリアムズが書きました。

「ガラスの動物園」「イグアナの夜」など、いろいろ読みました。

テネシー・ウィリアムズの作品は、どれも彼らしい味で、わたしの好みでした。
「やけたトタン屋根の上の猫」の次に好きなのは、「欲望という名の電車」です。
ヴィヴィアン・リーがブランチ役をやって評判が良かった作品でした。

テネシー・ウィリアムズにはとても感動したけれど、近年は読んでいません。
感動する、ということは、泣きたくなるような気持ちということです。
心が辛くなります、傷つきます。
そういうことに疲れると、回復しづらくなっています。

若い頃ならむしろそれを求めたのに――。
年は、気づかないうちに体に変化を施しますが、心にも与えているんですね。

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